お知らせ-京都の観光タクシーは青空トラベルへ。

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京都るり渓。

るり渓(るりけい)は、京都府南丹市園部町大河内に位置し、大堰川支流、園部川が流れる全長4kmの渓谷である。1932年に国の名勝に指定され、府立自然公園にも指定されている。日本の音風景100選にも選定されている。

名前の由来は渓谷上部にある通天湖から流れ出る清流が、光の反射によって瑠璃色輝石のように見えることに因む。また、さらに奥に行くと深山があり、ハイキングが楽しめる。

地質流紋岩で、浸蝕による奇岩が多く見られ、瀑布が点在する。12の名所があり、錦繍巌、双龍渕、渇蚪澗、座禅石、水晶簾などの漢詩的な名称が付けられている。紅葉の名所としても知られ、大阪や京都近郊の行楽地として人気があります。

京都駅から車で1時間半位です。


青空トラベル(青空観光タクシー)で大原。

大原は京都駅からバスで約1時間、辿り着くのは比叡山麓に広がる大原の里。かつて皇族や貴族が隠棲したこの地には今も豊かな自然が残り、四季折々の風景や、地元で育まれた野菜やしば漬けなどの美味しい名産は、訪れる人々の心を癒しています。大原には、美しい山と京野菜の田畑、そして1000年以上も人々の心を支えてきた由緒正しいお寺があります。観光地化されすぎていないので、自然を感じながらのんびりと散策できるのも魅力。のどかな風景は昔々の貴族だけでなく、現代社会に疲れた私たちの心もそっと癒してくれます。不断桜が咲き始め、のどかな風景が広がっていました。

  


青空トラベル(青空観光タクシー)で南禅寺。

南禅寺(なんぜんじ)は、京都市左京区にある臨済宗南禅寺派大本山の寺院。山号は瑞龍山、日本最初の勅願禅寺であり、京都五山の上におかれる別格扱いの寺院、京都屈指の紅葉の名所です。アーチ型の疏水橋・水路閣や三門数多くの紅葉の名所が点在しています。壮大な三門の柱を額縁に見立てて眺める紅葉は、まるで艶やかな絵画のよう。このお寺では、ぜひ楼上からの眺めも楽しんで欲しいところ。シーズンには三門の上からは、楓に浮かんだ紅葉が見れ、秋の京都の町並みも一望できます。楓も少し色好きしてきています。

      

 


青空トラベル(青空観光タクシー)で寂光院。

寂光院(じゃっこういん)は、京都市左京区大原にある天台宗の寺院。山号を清香山と称する。寺号は玉泉寺。本尊は地蔵菩薩、開基(創立者)は聖徳太子と伝える。平清盛の娘・建礼門院が、平家滅亡後隠棲した所であり、『平家物語』ゆかりの寺として知られる。寂光院の参道ではかつて、女性行商を「大原女(おはらめ)」と呼んでいました。今も「大原女まつり」や、大原女姿のかわいい売り子さんに出会うことができます。大原は、西行や方丈記の作者、鴨長明(かものちょうめい)といった文人が隠棲(いんんせい)していた地。美しい風景に、一抹の寂しさが感じられます。わび・さび(侘・寂)の世界が漂う寺院が「寂光院」。名前も寂しそうな、ひっそりした寺院です。寂光院は、平清盛の娘・建礼門院(けんれいもんいん)が隠れ住んだお寺です。源義経が平家と戦った「壇ノ浦の戦い」。栄華を誇った平家は滅亡。建礼門院は入水するものの、助けられて京都に戻り、長い髪を剃って仏の道へと入ります。建礼門院は寂光院のかたわらに庵を結び、平家一門の冥福を祈りながら、ひっそり暮らしました。池のほとりに落ちた紅葉や椿、桜の花びらに、建礼門院はひとり、何を想い、見つめていたのでしょう。池のほとりに落ちた紅葉や椿、桜の花びらに、建礼門院はひとり、何を想い、見つめていたのでしょう。ある年代層には、永六輔作詞の女ひとり「京都 大原 三千院」で有名になりました。それまでは、ほとんど人の行かないところで、昔は世捨て人が住んだところです。境内はまだ新緑の風景で紅葉にはまだまだ早いようです。

 


青空トラベル(青空観光タクシー)で車折神社。

後嵯峨天皇ゆかりの神社。境内には本殿、拝殿、社務所芸能社等がある。京都の人気観光地・嵐山からほど近い車折神社は芸能人のパワースポットとして有名。参拝すれば仕事が増えるなど、そのご利益は芸能界で広く知られており、ロケも含めて実際に訪れる芸能人が後を絶ちません。境内を埋め尽くすようにズラリと並んだ朱塗りの玉垣には、奉納した芸能人の名前が記されています。そもそもなぜ芸能人が参拝するのかというと、それは「車折神社」の境内に「芸能神社」があるから。祀られている天宇受売命(あめのうずめのみこと)は天照大御神が天の岩戸に入ってしまった時に天の岩戸の前で舞を踊り、引き籠った天照大御神を外に出した神様。車折神社の象徴的な朱塗りの玉垣。境内にはおびただしい数が並んでいますが、その総数は2,000枚を超えると言われています。車折神社は年々メディアで取り上げられる回数も増えており、その数はまだまだ増加中。すべてがテレビタレントの名前が書かれているわけではありません。「芸」に携わる人たちが芸能神社のご利益にあやかろうと、多くの玉垣を奉納しているのです。そして車折神社でもう一つ見逃せないのは「祈念神石(きねんしんせき)」と呼ばれる、願い事の叶うパワーストーン。この祈念神石が本当に願い事が叶う石として口コミが広がり、近年脚光を浴びているのです。このように「車折神社」は芸能人のためだけではない、京都でも随一のパワースポットとして人気なのです。またロケでなくお忍びで訪れる芸能人もチラホラ。私も実は「車折神社」で芸能人と二度ご対面しています。案外みなさんにもチャンスがあるかも・・・。

 


祇園祭の山鉾(やまほこ)を組み立てる「山鉾建て」が10日、京都市中心部で始まりました。

京都・祇園祭の山鉾(やまほこ)を組み立てる「山鉾建て」が10日、京都市中心部で始まった。「作事方(さくじかた)」と呼ばれる職人たちが、釘を使わず縄だけで部材を固定する「縄がらみ」という伝統技法で手際良く組み上げていった。四条通周辺では17日の前祭(さきまつり)の山鉾巡行で先頭を進む長刀(なぎなた)鉾のほか、函谷(かんこ)鉾や月鉾などが建ち始めた。山鉾は大きなもので高さ20メートル、重さ10トンを超える。屋根や車輪を取り付け、飾り終えるまでに3日ほどかかる。宵山期間が始まる14日までに、前祭の全23基がそろう予定です。


青空トラベル(青空観光タクシー)で雲龍院。

皇室の菩提寺、西国薬師霊場第四十番札所、真言宗泉涌派の別院です。正面には大きな「雲龍図」の襖絵が置かれています。雲龍院の中は広く、書院は5つあり、「れんげの間」では障子の4つのガラスから外を見ると椿・燈籠・楓・松の4つの違う景色が切り取られて見える「しきしの景色」が楽しめます。「悟りの間」では丸窓があります。丸い形は、「禅と円通」の心が表されています。ありのままの自然の姿、清らか、偏見のない姿、つまり悟りの境地を開くことができ、丸い形(円)は大宇宙を表現しています。皇室ゆかりの泉涌寺「雲龍院」ではお庭を観ながら抹茶を楽しめます。泉涌寺の山内の一番奥ですが一度は見ていただきたい雲龍院。この日は上皇様が御寺にお見えになっていました。


青空トラベル(青空観光タクシー)で石山寺。

石山寺は琵琶湖の南端近くに位置し、琵琶湖から唯一流れ出る瀬田川の右岸にある。本堂は国の天然記念物の珪灰石(石山寺珪灰石)という巨大な岩盤の上に建ち、これが寺名の由来となっています。本尊は如意輪観音、開基(創立者)は良弁。奈良時代から観音の聖地で西国三十三所観音霊場第13番札所となっている。平安王朝文学の開花の舞台で、『源氏物語』・『蜻蛉日記』・『枕草子』・『更級日記』・などにも登場しています。近江八景の一つ「石山秋月」でも知られています。紅葉の名所としても知られ、秋にはライトアップが行なわれており、2015年に日本夜景遺産に認定されています。


青空トラベル(青空観光タクシー)で月桂冠大倉記念館、十石舟の京都観光。

月桂冠大倉記念館は、京都市伏見区にある酒造会社月桂冠の企業博物館。酒どころの京都・伏見を代表する酒造会社で、白鶴酒造(神戸市)や宝酒造(京都市)と並ぶ業界大手です。江戸時代の1637年に創業。勝利と栄光のシンボルである「月桂」を1905年に酒名に採用した。豊臣秀吉や徳川家康といった天下人たちが本拠を置いた伏見城。その外堀にあたる濠川から臨む白壁土蔵の酒蔵群は、酒どころの象徴として親しまれています。界隈には黄桜酒造や伏見全町の総氏神である御香宮神社、坂本龍馬が逗留した寺田屋などの史跡が点在、酒好きには楽しめる飲食店も充実しています。観光船「十石舟」は2019年3月21日~12月8日まで運行しています。 (8月は1日~16日のみ運航。月曜運休)。月桂冠大倉記念館南西側、川辺の船着場から出航し、折り返し点の三栖閘門(みすこうもん)で資料館を見学する約55分のコース、季節によって変化する川辺の風情を楽しめます。また期間限定で「三十石舟」も就航しています。

      

 

 


青空トラベル(青空観光タクシー)で化野念仏寺の京都観光。

化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)は嵯峨野の山奥に位置する。ここの境内には8000体を越える石仏・石塔があります。この多くは葬られた人々のお墓です。『あだし』とは、仏教の言葉で「はかない、むなしい」という意味があり転じて、この世に再び生まれ変われることや、極楽浄土に往生する願いなどを意味します。このあたりでは昔から、風葬する習慣がありました。後に土葬にかわり、人々が石仏を立て、永遠の別れを惜しんだと伝えられています。8月23・24日「千灯供養(せんとうくよう)」明治時代、無縁仏を弔う行事として始まったのが「千灯供養(せんとうくよう)」です。地蔵盆の時期に行われ、この2日間には地元の方々をはじめ、参拝者が手を合わせに訪れます。陽も落ち始める頃、数千体もの無縁仏にろうそくが供えられます。あかりと石仏が織りなす、幻想的な光景が、あたり一面に広がる一大行事です。



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